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 2012年5月22日、ロシア東シベリアのザバイカリエ地方ヒロク地区で、ナイフによる刺し傷がある日本人旅行者の遺体が発見されました。現場にはパスポート、スズキ製のオートバイ、カメラ3台、トラベラーズチェック、財布、衣類、携帯電話などが残されていました。パスポートの情報から、被害に遭ったのは東京都江戸川区のOさん(31歳)だと分かりました。捜査当局によると、地元在住の20歳と21歳の男2人が強盗殺人容疑で拘束されました。2人の容疑者は、バイク旅行中に田舎道でテントを張っていたOさんと21日に知り合いましたが、殺害して所持品を奪うことを計画しました。深夜にOさんをテント越しにナイフで30箇所以上も刺したとのことです。その後、遺体をテントごと森に向かって数十メートル引きずったものの、車が通りかかったために何も取らずに逃走したとのことです。同地方の国道では2010年にはロシア人のライダーが殺害されるなど犯罪が多発しており、ツーリストには危険な場所とされていました。





 在ハバロフスク日本総領事館は次のようにアナウンスしています。『5月22日ザバイカリエ地方ヒロク地区においてオートバイで単独旅行中の邦人男性が殺害される事件が発生しました。被害者はヒロク地区の野外においてテントで就寝中に金品目的の複数の犯人に襲撃され殺害された模様です。犯罪者にとって外国人は格好の標的です。当地は日本と比較して治安状況は決して良いとはいえず、犯罪に巻き込まれる危険性が高いことを十分認識して行動してください。特に夜間は強盗等の標的にされる可能性が高くなりますので、ホテル等のしかるべき施設に宿泊するなど自らの安全を確保することが重要です。また、郊外の森や草原には熊や虎やオオカミなどの野生動物も生息していますので、犯罪に巻き込まれるばかりでなくこれらの動物に襲われる危険性もあります。日中でも人気のない場所、死角の多い場所では注意しましょう。面識のない通行人等に声をかけられても安易に話しにのらず、ついていったりしないでください。深夜の行動、特に単独での行動はできる限り避け、どうしても外出の必要があるときはできるだけ車を利用して、目的地までドア・トゥ・ドアで移動しましょう。犯人は必ず襲う対象の様子を観察してから犯行に及びます。こちらの様子を伺っていたり、後をつけてきたりするような不審な人物がいないか、常に周囲に気を配りましょう。防犯に関するご質問ご相談等があれば、総領事館領事・警備班までご連絡下さい。(在ハバロフスク総領事館 41-30-48)』とのことです。

 Oさんは今回、日本→ロシア→モンゴル→中央アジア→ロシア→北欧→東欧→西欧→北アフリカ→西アフリカの長期旅程でのバイク旅を予定していたようです。しかし、旅が始まったばかりの時点で突然にその人生を終了し、この世を去ることになってしまいました。不運としか言いようのない出来事に心が痛みます。今回のOさんもまた、この世で生きていた証をブログという形で残されています。長期ツーリングへ向けた夢と努力が感じられますが、5/16の更新が最期になってしまいました。心よりご冥福をお祈りいたします。



リンク:

http://hunter-koichi-world.doorblog.jp/
Oさんのブログ

http://www.anzen.mofa.go.jp/index.html
外務省 海外安全ホームページ



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テーマ : ロシア    ジャンル : 海外情報
 2012_05_22



 先月3月11日で、あの「東日本大震災」から一年目を迎えました。この天災の人的被害は、一連の予震、余震を含めて、死者15,854人、行方不明者3,155人に上っています。犠牲者の中には、確かにこの世で生きていたという証を、ブログという形で残された方もおられます。以下にそのいくつかをご紹介します。


http://ameblo.jp/m0i7k1i8/entry-10825889580.html
「ぐぅぅたらな日々」
(※南三陸町の町内放送で最期まで避難を呼びかけて犠牲になった女性職員が管理人さんです。3/9の更新が最期になりました。)

http://ameblo.jp/x68030xvi/entry-10826961980.html
「ウェルシュコーギーがきた」
(※管理人さんと子犬1匹が犠牲になりました。子犬を抱えて逃げる姿が目撃されていたそうです。3/10の更新が最期になりましたが、震災の3日前に新しいカメラを買ったばかりでした。)



 この方たちのブログを読んでいると、今でも生きておられるような錯覚に陥ります。本当に切ないです。巨大津波の中で生死を分けたのは、ごくわずかな運の違いだけだったでしょう。人生のやるべきこと、やりたいことをやりきらないうちに、思いもよらず突然に旅立たなければならなかったのかと思うと悲しくなります。亡くなられた方々のご冥福を、あらためて心よりお祈り申し上げます。

 いまだに余震は続いています。いや、むしろこの地震が引き金となって、日本全体の地震活動が活発化してしまっています。福島第一原子力発電所の事故も、将来にわたって進行形です。昔から度重なる災害に耐えて協力し合って来たことが、日本人を日本人らしい民族に仕立て上げたのかも知れません。



リンク:

http://www.japanquakemap.com/?lang=jp
日本の地震の地図
(※東北地方太平洋沖地震の一連の予震、本震、余震を地図上において視覚的に時系列で理解出来ます。円のサイズがマグニチュードを、色が震源の深さを示しています。早送りでも見られます。 / Paul Nicholls of the University of Canterbury's Digital Media Group (Christchurch, New Zealand))

http://www.police.pref.miyagi.jp/hp/jishin/itai/mimotofumei/mimotofumei.html
宮城県警察 「氏名の推測ができない(身元不明)犠牲者の方々の一覧」 
(※犠牲者の着衣等の画像を確認できます。)

http://d.hatena.ne.jp/oxon/20110324/1300954573
宇宙線実験の覚え書き
 (※個人サイトです。福島第一原子力発電所事故による放射性物質の拡散データについて考察しておられます。)


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テーマ : 地震・天災・自然災害    ジャンル : ニュース
 2012_04_01




【自作写真:Panoramioに投稿した自作写真 / 撮影機材:Nikon D90 / 撮影日:2011年11月2日】
(写真の右端をクリックすると、次の写真を見られます。中央をクリックすると大きなスライド写真で見られます。)


 積丹岳に登った帰りに、積丹半島の海食崖景観を見てきました。ここは「ニセコ積丹小樽海岸国定公園」に属しており、積丹半島の海食崖景観及びニセコ連峰の山岳景観を主要景観として、昭和38年7月24日に指定されものです。

 ここを通る国道229号線の、古平町と余市町の海沿いを結ぶ「豊浜トンネル」で、1996年2月10日午前8時10分頃に重さ27,000tの巨大な岩盤が崩落し、トンネル内を走行中だった乗客18名運転手1名の乗った積丹町余別発小樽駅前行き北海道中央バスと、後続の1名乗車の乗用車を直撃しました。あの「豊浜トンネル岩盤崩落事故」です。凍てつく寒さの中、救出のための岩盤を取り除く数度にわたる発破作業がテレビで生中継され、作業員の小ささと、その岩の巨大さとが強烈に脳裏に焼きついています。岩盤除去後にトンネル内の瓦礫が取り除かれましたが、乗用車は原形をとどめておらず、また、バスは3mあった高さが1mにまで押し潰された有様で、被災者は全員が激しく圧壊損傷した遺体で発見される結果となりました。

 実は事故直前に、忘れ物に気づいた人がバスを止めさせて途中下車をしていたそうです。その僅かの時間があれば、バスは現場を無事に通過していたと言われています。運命の皮肉というものを強く感じざるを得ません。

 上の写真の豊浜トンネル崩落事故慰霊碑は、事故現場から西へ1kmほど離れた「セタカムイ岩」の西側にあります。この慰霊碑は遺族会が建立したものです。駐車場の南にも、もう一つ幾何学的な慰霊碑モニュメントが有ります。確認し忘れましたが、当局が建立したものかもしれません。実際の事故現場は慰霊碑のある場所ではなく、「チャラツナイ岬」の岩盤の中を通っていた、当時の「豊浜トンネル」の西側出口付近でした。現在のルートは、事故当時の「豊浜トンネル」の途中から分岐して崩落現場を避ける形で山側へ掘り進み、古平町側の旧「セタカムイトンネル」の途中へ連結したものです。全長2,228mの新たな「豊浜トンネル」として開通しています。

 問題の事故現場はちょうど「セタカムイ岩」と「チャラツナイ岬」で挟まれた入り江状になっています。そして、迂回されて通れなくなった旧豊浜トンネルと旧セタカムイトンネルの残存部分は、閉鎖封印されてしまいました。古い隧道なども同様ですから、現在は事故現場へ行く道はすべて閉ざされていて、海から行く以外に方法が有りません。体力、探求力、自己責任力のある廃道探検家の聖域になっているようです。


 【大きな地図で表示】(古平町と余市町の海沿いを結ぶ「豊浜トンネル」)


 ところで、同じ国道229号線で、道南の乙部町と八雲町の間の海沿いにも同名の「豊浜トンネル」があります。そのトンネルが作られることになったのには経緯が有ります。もともと海沿いに8つの豊浜隧道がありましたが、1962年10月17日午前10時45分頃に豊浜3号隧道と豊浜4号隧道の間の明かり区間において、土砂量350万立方メートルにもおよぶ巨大な山津波が発生しました。たまたまそこを通行していた路線バスと警戒に当たっていた開発建設部の職員を飲み込んで、海になだれ込みました。この事故により死者11名、行方不明者3名を出す大惨事となりました。この災害は「豊浜山津波」と呼ばれています。事故を受けてルート変更が検討され、昭和48年、事故現場を含む危険箇所を大きく山側へ迂回する全長1,270mの「豊浜トンネル」が開通し、8つの隧道は廃道となりました。そして行方不明の3人は、バスと共にどこかに埋まったままだそうです。 合掌。


 【大きな地図で表示】(乙部町と八雲町の間の海沿いの「豊浜トンネル」)



リンク:

http://morigen.net/blog/?p=2031
「悲劇のトンネルへ」
(個人サイトです。古平町と余市町の海沿いを結ぶ崩落事故の豊浜トンネルの廃道を探求しておられます。)

http://www.jiti.co.jp/graph/toku/toyohama/toyohama.htm
「豊浜トンネル崩落」(建設グラフ)

http://d-road.sytes.net/r.php/road/r229_otobetoyohama/1
「豊浜山津波と隧道群」
 (個人サイトです。乙部町と八雲町の海沿いを結ぶ当時の豊浜隋道の廃道を探求しておられます。)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%8A%E6%B5%9C%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB
ウィキペディア 「豊浜トンネル」



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テーマ : 地震・天災・自然災害    ジャンル : ニュース
 2011_11_02



再生リスト動画:東日本大震災の動画をYouTubeより数十点拝借し、まとめたもの】


 2011年3月11日に発生した「2011年東北地方太平洋沖地震」(震災名:東日本大震災)は衝撃的な出来事でした。その時私は、札幌中心部のビルの5階にいました。かつて全く経験したことの無い長い時間の揺れでしたが、東北地方の太平洋が震源だと聞き、現地が相当な被害であることは間違いないと確信しました。





 地震よりも、その後の津波によってあまりにも多くの人が亡くなってしまいました。警察庁によると、死者の92.5%が水死であることが明らかになりました。殆どの人は津波の本当の恐ろしさを知らなかったと思います。そして甘く見ていた為に命を落とした人が相当数いたに違いないと思います。地震後に高台に避難したものの、到達した第1波が大したことが無かったために、自宅や職場に戻った人がかなりいたようです。まさかその後にやってくる第2波がビルの3階にまで到達するような津波になろうとは…果たしてどれほどの人が想像出来たでしょう。津波は建築物などを破壊して部材を巻き込みながら進みました。巻き込まれた人はそれらに邪魔されて浮き上がることが出来ず、まるでミキサーに入れられたように傷つき、衣服をはがされ、体を引き裂かれたようです。

 警察庁によりますと、今回の大震災において平成23年5月10日時点で死亡が確認された人は、宮城県で8941人、岩手県で4400人、福島県で1544人、青森県で3人、山形県で2人、茨城県で23人、千葉県で19人、東京都で7人、栃木県と神奈川県でそれぞれ4人、群馬県で1人、北海道で1人となっています、これまでに死亡が確認された人は合わせて1万4949人に上っています。このうち、およそ85%に当たる人は、身元の確認が終わり、順次、家族などに遺体が引き渡されているということです。また、警察に家族などから届け出があった行方不明者は合わせて9880人で、負傷した人は4792人となっています。沿岸部の自治体の中には、津波で壊滅的な被害を受け、行方不明者の人数を把握出来ていない所もあるほか、避難指示の対象となっている福島第一原子力発電所から半径20キロの地域では捜索活動が難航しています。また、一家全滅で届出が無いケースもあると思われ、震災の犠牲者の数はさらに増えるおそれがあります。

 亡くなられた方の内、まだ多くの人が老若男女を問わず身元不明のままです。平成23年4月6日時点の宮城県警察管内の身元不明者の特徴や所持品の一覧を見ると、「犬のストラップ付き携帯電話、診察券、腰痛ベルト、結婚指輪、大人用オムツ、アディダスブーツ、ベビー服、花柄スカーフ、お守り、点眼薬、赤ちゃん背負い紐、ちゃんちゃんこ、赤と紫のカーデガン、手製の腰巻、メモ、補聴器、イルカの指輪、薬、サロンパス、アニメ腕時計、人工肛門、ラコステのハイネック、水色カーデガン、めがね、ベージュマフラー、ことわざ辞典…」などと書かれています。それぞれが個性を持ち、人生を懸命に生き、他人を思いやり、家族を愛し、社会に参加して貢献していた人たち…。その一人一人に、最後の瞬間のドラマがあったはずです。

 巨大津波の中で生死を分けたのは、ごくわずかな運の違いだけだったことでしょう。南三陸町では、庁舎二階から最後まで避難を呼びかけていた若い女性職員ご本人も亡くなっているそうです。上の動画では、高台に上がれない車椅子の介護老人と、それを駆け寄って助けようとした人が、共に濁流に飲まれてしまいました。私はこれを見て、胸が締め付けられるような思いと、何も出来なくて本当に申し訳なかった気持ちでいっぱいです。人は思いもよらず簡単に死んでしまうものなのだと知り、悲しくなりました。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 その後も多くの余震が続き、まだまだ一連の地震が終わっていないことを実感します。100人以上の震災孤児も生じ、被災地の方たちのご苦衷ご心労を思うと心が痛みます。


■余談:

 最後に、なぜかホッとさせてくれる動画です。解決しなければならない問題は福島第一原子力発電所事故を含めて山積ですが、やはり前に進むしかないみたいですね。日本の数千年の歴史の中で、先祖たちは代々、同様の災害から何度も立ち直ってきたのですから。それが日本に住む日本人というものなのでしょうね。


【参考動画:津波で生き残ったネコ君の動画をYouTubeより1点拝借 (作者サイトはこちら)】



リンク:

http://www.japanquakemap.com/?lang=jp
日本の地震の地図
(※東北地方太平洋沖地震の一連の予震、本震、余震を地図上において視覚的に時系列で理解出来ます。円のサイズがマグニチュードを、色が震源の深さを示しています。早送りでも見られます。 / Paul Nicholls of the University of Canterbury's Digital Media Group (Christchurch, New Zealand))

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宮城県警察 「氏名の推測ができない(身元不明)犠牲者の方々の一覧」
(※犠牲者の着衣等の画像を確認できます。)

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私は大きくて豊かな自然に憧れまして十数年前に北海道に移住致しました。好きなスポーツは山登りでございます。体内から悪いものが出て心身ともにスッキリする感じが大変心地良いのでございます。 趣味である写真はカメラ・スタビライザー(自作)を用いて撮影しました北海道の山登りの動画がメインでございます。私はこの北海道の豊かな自然がいつまでも大切に守られて行くことを強く願っております。

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